大宮の歴史では、門前町として発展をしていきます。武蔵野国の一宮である氷川神社があり、現在でも多くの参拝者が訪れています。創建は紀元前までさかのぼることができると言われている古い歴史を持っており、須佐之男命、奇稲田姫命、大己貴命を3柱としています。そして、江戸時代になると中山道の宿場町として栄えていきます。江戸に近い交通の中継地点として、北関東、東北、信越といった北の地方に向かう人や江戸に向かう人たちが行き交っていました。

明治維新後に大宮県となりますが、その後浦和県に移行します。そのころ鉄道の路線がひかれますが、大宮には駅が設置されずにかつての中心市街の活気が失われてしまう時期もありました。そのため、駅の誘致活動が行われ、1885年に大宮駅が設置されます。鉄道の駅が整備されたことによって、東北本線、高崎線の分岐点の役割を果たすようになり、駅周辺を中心に再び発展していくようになるのです。さらに関東大震災によって東京から移り住む人も多かったと言われています。

戦後も交通の要衝として大きく発展して、埼玉県内ではもっとも重要な商業都市となっていくのです。東京の発展にともなって、衛星都市、ベッドタウンとしての機能も強化されていきます。1982年に東北新幹線と上越新幹線が開業すると玄関口としての機能も果たすことになります。駅前の再開発が進み、大型商業施設が次々と建てられるようになるのです。そして、さいたま新都心として街びらきが行われたのちの、2001年5月に平成の大合併によってさいたま市となります。